文章リハビリ

この世はクソファッキン  だけどこの世はAll you need is love. (映画と本と音楽の感想と雑記のブログ)

虚無への供物/中井英夫(1964)

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「物見高い御見物衆。
君たちは、われわれが洞爺丸の遺族だといっても、
せいぜい気の毒にぐらいしか、考えちゃいなかったろうな。」

 

 三大奇書の1つ、中井英夫の「虚無への供物」を読了。
奇妙な一家「氷沼家」を舞台として繰り広げられる殺人劇は、ミステリの魅力に満ち溢れているにも関わらず、物語の構造、そして登場人物の科白から推理小説であること・推理小説そのものを拒否しており、その姿はまさにアンチ・ミステリで見事という他ありません。(本作が原点だから当たり前なのですが) 
物語のクライマックスでの蒼司の壮絶な感情の吐露は、普段ミステリを楽しんでいる身からすると罪悪感とまではいかずとも考えさせられるものがありました。

だけれども最初に述べた通り、この作品は不気味な一家・おかしなお屋敷・謎が謎を呼ぶ密室殺人・あくの強い探偵達、とミステリの魅力に満ち溢れています。ノックスの十戒ヴァン・ダインの二十則、そして数多くの推理小説を引き合いに出し繰り広げられる推理合戦は、素晴らしく楽しい。謎めいた事件をより難解にしてしまうかのような推理の応酬は飽きません。
そしてなんと言っても、氷沼家の面々と、それを取り巻く人たちは本当に良いです。人が次々と死んでいくミステリだからこそ、キャラクターの魅力・強さが重要なのだと改めて思いました。本作の著者、中井英夫の思惑からは外れているかもしれないですが、この作品を愛する理由は、キャラクターの魅力によるところが大きい、という人も多いと思います。